夏はイチゴが美味しい季節です。
好光性種子である。可食部は花托の発達したものであり、表面に分布する粒々がそれぞれ果実である。このような形態をとるものをイチゴ状果(偽果)という。独特の芳香があり、属名の由来にもなっている。属名のFragariaはラテン語で「香る」の意。 食材としての主な旬は12月 - 6月とされる。かつての旬は、露地栽培の収穫期にあたる春から初夏とされていたが、温室栽培の技術発展に伴って、秋から翌年春まで多く流通するようになった。赤色ができるだけ均一で、表面の粒(果実)がくっきりしていて、ツヤがあるものが市場価値の高い良品とされる。 ビタミンCが豊富である他、抗酸化物質として知られるポリフェノールの一種であるアントシアニンや抗癌作用のあるエラグ酸を含む。 生食の他、ジャムに加工されることも多い。受精すると花托の肥大が始まるが、一部受精していない雌しべがあるとその部位の肥大が弱くなる。したがって形の整った果実を作るためには、全ての雌しべが受粉するようにする。しかし、実際の栽培においては雌しべの先端部が未熟なまま開花するため、均一な成長が行われるために花芽形成期の施肥と温度管理が行われる。
イチゴのことに関してバラが人類の歴史に登場するのは古代バビロニアの『ギルガメシュ叙事詩』である。この詩の中には、バラの棘について触れた箇所がある。 紀元前1500年頃の古代オリエントの地では約4種の野生バラがあり、ここから交雑によっていくつかの品種が誕生したといわれている。バラはギリシャ時代を経て古代ローマへと伝播し、ヨーロッパの文化に定着することとなる。 古代ギリシア・ローマでは、バラは愛の女神アプロディテもしくはウェヌス(ヴィーナス)と関係づけられた。女神フローラ(クローリス)が、美しいニンフの亡骸に不死の花に変えようと考え、神々が恩恵を与えてバラに変えたという伝説が残っている。また香りを愛好され、香油も作られた。プトレマイオス朝エジプトの女王クレオパトラはバラを愛好し、ユリウス・カエサルを歓待したときもふんだんにバラの花や香油を使用したと伝えられている。 ローマにおいてもバラの香油は愛好され、北アフリカや中近東の属州で盛んにバラの栽培が行われた。クレオパトラと同様にバラを愛した人物に、暴君として知られる第5代ローマ皇帝ネロがいる。彼がお気に入りの貴族たちを招いて開いた宴会では、庭園の池にバラが浮かべられ、バラ水が噴き出す噴水があり、部屋はバラで飾られ、皇帝が合図をすると天井からバラが降り注ぎ、料理にもバラの花が使われていたと伝えられる。
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